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スタートアップのIP!Q&A #12 オープンクローズ戦略について

連載記事

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この連載では知財(IP)に関する読者の疑問をOne ip特許業務法人の澤井弁理士が解決していきます。この連載を通して知財や特許をより身近に感じてもらえますと幸いです。

第12回目のお悩みは「オープンクローズ戦略について」。

とある技術系スタートアップの法務部署でお仕事をしているTさんからのお悩みです。

スタートアップのIP!Q&A #11 特許調査で大切なこと

澤井 周氏
One ip特許業務法人 パートナー
弁理士 博士(工学)

東京大学工学部産業機械工学科卒業、 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻博士課程修了。大手素材メーカー、日本学術振興会特別研究員、都内特許事務所、 企業知財部を経て、2019年、R& Dと事業戦略とに密接した知財支援をさらに進めるべく、One ip特許業務法人に参画。企業知財部では、発明発掘、 出願権利化、知財企画、知財戦略支援、 研究者への知財教育等を担当。新製品・ 新事業モデルを見据えた知財戦略・特許網構築の支援に尽力。One ip特許業務法人では、主にクライアントの知財戦略支援、 クライアント知財管理、所内管理を担当。

Tさんのお悩み

リアルテック系スタートアップの法務部で働いています。何を特許として公開するか?何をノウハウとして秘匿化すべきか?を検討していた際に「オープンクローズ戦略」という用語を目にしました。これはどのような戦略なのでしょうか?

そもそもオープンクローズ戦略とはどのような戦略なのでしょうか?

オープンクローズ戦略の本質は、第三者に技術を公開して利用してもらう「オープン」にする領域と、自分たちだけが独占的に利用できる「クローズ」にする領域を分ける知財戦略の一種です。一般的には、狭い意味でのオープンクローズ戦略と広い意味でのオープンクローズ戦略があり、そこは意識的に違いを理解する必要があると考えています。一般的な狭い意味でのオープンクローズ戦略は、どの技術を特許として出してどの技術をノウハウとして秘匿化するかを検討することです。一方で広い意味でのオープンクローズ戦略は、市場全体から自分たちを俯瞰して検討し、自社の技術や強み、他には取らせたくない領域はクローズし、誰かと協業したり第三者に使ってもらいたい技術はオープンにすることで、自らが有利になるように市場を広げていく戦略です。

MOT(技術経営)の大学院の講義などでよく挙がる例はAppleです。AppleはiPhoneのようなデバイスやiTunesのようなプラットフォームは、第三者が製造したり運営したりできないよう独占していますが、iPhoneで利用できるアプリケーションは、無料のSDKを配布するなどして各企業にどんどん作らせています。自分たちが確実に利益を得られる部分は自分たちで独占し、マーケットを広げるために第三者に利用させる部分をうまく使い分けている、オープンクローズ戦略の一例です。また一見オープンで皆が無償で使えると思われる技術も、正確には特許権利者が権利を持つプロダクトやサービスを購入しなければならないといった、ビジネスのために呼び水になる特許を第三者に利用させるという手法もあります。

国内におけるオープンクローズ戦略の最も古い例では、カップラーメンが有名です。日清が最初にカップヌードルを作りその製法に関する特許を取得していたものの、別会社が次々と品質の悪いカップラーメンを作ったことで市場全体の評判が悪くなりました。日清はそれを不本意として日本ラーメン工業協会を作り、他の企業に対して特許ライセンスを行って日清の技術を使わせることにしました。あえて競合に技術を利用させたことで、市場全体が大きくなり日清にとっても大きなメリットとなりました。

オープンクローズ戦略で得られる成果はどのようなものなのでしょうか?

オープンクローズ戦略はいわゆる知財戦略の1つで、知財戦略も事業戦略に紐づくという原則は変わりません。技術を持っているもののその市場が大きくない場合、自分たちだけでマーケットを広げるのは大変です。その前に体力がなくなる可能性もあります。オープンクローズ戦略は自分たちの技術にレバレッジをかけて市場を広げる際に特許を活用できる可能性があり、そのフックとなる特許はオープンにし、コア技術は自分たちだけが使えるようにして、呼び水のように特許を使う時に利用できる戦略です。

オープンクローズ戦略は、どのように実践すれば良いのでしょうか?

まずは自分たちの事業をどのように進めたいのか?技術的な強みをどう活かすか?を明確にしましょう。マーケットにおける自分たちの立ち位置を思い描いた際に、独占部分と公開部分を戦略的に考えた知財ポートフォリオを構築する必要があります。最初からオープンクローズ戦略を考えるというより、自分たちの技術の強みとマーケットでの立ち位置を把握し戦略を考えていくのが重要であると考えます。

オープンクローズ戦略をすすめる上での障害は、どのようなものがありますか?

オープンクローズ戦略は知財だけの話ではありません。ただ特許をとるだけでなく、どのような仕掛けを知財で作るかを明確にしておくことが重要です。その中で時として問題になりがちなのが大企業との共同研究フェーズです。大体の場合が共同研究先と権利を分けなくてはならず、相手がどのように権利を使うのか自分たちがコントロールできなくなる恐れがあります。共同研究の成果物に関する権利をどこまで相手に譲歩するかの判断は非常に重要です。

なお、シリコンバレーでは、大企業とスタートアップが共同研究する際もスタートアップ側が全ての権利を持つことが多いと言われています。共同で権利を持つと縛りも多くなり、スピード感のある判断ができず、お互いに好ましくない状況になり得るからだそうです。日本では共同研究の場合に、両社の認識の違いにより、成果物の権利がスタートアップ側が想定していない方向に進んでしまった事例が多々あります。シリコンバレーのような本質的な協業が日本でも当たり前になればいいなと感じます。

スタートアップがオープンクローズ戦略を導入するには、どうすれば良いでしょうか?

オープンクローズ戦略は、特にリアルテック系スタートアップは考える必要があると思います。研究開発はできるけど、自分たちが予算や工場など生産能力のリソースがない場合、第三者との協業が必要なケースが多々あります。自分たちの事業を進めるために、第三者に使わせる特許はオープンにし、その特許を使う際は自分たちの技術を使わなければいけないという立て付けを意識してビジネスモデルに知財を組み込むのは1つの手法として良いと思います。また協業の中でマーケットを独占しつつ、お互いに利益が上がる形を見据えられるような形で戦略を考えていくのがよいと思います。

一方でSaaSなどのIT系サービスはオープンクローズ戦略がハマるケースが少ないです。Appleのようにハードもソフトもプラットフォームも作るという場合は非常に有効ですが、ソフトだけの開発は第三者の接点も少なく、オープンクローズ戦略を取るメリットがありません。ソフトウェアの場合はどちらかというとクローズ戦略で、プラットフォームを独占するために、どの技術が必須であるかを見極め、その技術を自分たちだけが使えるように特許化または秘匿化して、他社の追随を許さないようにするかが重要です。

次回の『スタートアップのIP!Q&A』は7月9日(金)に公開予定です。お楽しみに!

スタートアップのIP!Q&A #11 特許調査で大切なこと



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