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スタートアップのIP!Q&A #8 国際出願について

連載記事

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この連載では知財(IP)に関する読者の疑問をOne ip特許業務法人の澤井弁理士が解決していく新コーナーです!この連載を通して知財や特許をより身近に感じてもらえますと幸いです。

スタートアップのIP!Q&A #7 特許権を侵害してしまっているかもしれないと思った際の対処法

澤井 周氏
One ip特許業務法人 パートナー
弁理士 博士(工学)

東京大学工学部産業機械工学科卒業、 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻博士課程修了。大手素材メーカー、日本学術振興会特別研究員、都内特許事務所、 企業知財部を経て、2019年、R& Dと事業戦略とに密接した知財支援をさらに進めるべく、One ip特許業務法人に参画。企業知財部では、発明発掘、 出願権利化、知財企画、知財戦略支援、 研究者への知財教育等を担当。新製品・ 新事業モデルを見据えた知財戦略・特許網構築の支援に尽力。One ip特許業務法人では、主にクライアントの知財戦略支援、 クライアント知財管理、所内管理を担当。

第八回目のお悩みは「国際出願について」。

とあるスタートアップの法務部でお仕事をしているRさんからのお悩みです。

Rさんのお悩み

スタートアップの法務部で働いています。自社のプロダクトが今後、海外へ事業展開する可能性がでてきたため、外国への特許出願もするべきか悩んでいます。外国出願をするベストなタイミングや、出願をする際の注意点などはあるのでしょうか?

将来的に自社のプロダクトを海外へ事業展開するかもしれない可能性が出てきました。外国への特許出願もする必要があるのでしょうか?

そもそもとして一般的に日本で事業を展開するのと外国で事業を展開するのでは、事業の進め方や各国のプラクティス、顕在的/潜在的なリスクなど、気をつけるべきポイントが大きく変わります。例えば最初からアメリカで事業展開する方針であれば良いのですが、まだ日本で駆け出し間もないフェーズから外国出願を考えたり、とりあえずうまく行きそうだから外国にも出願するというのは、場合によってはコストがかさむだけになってしまうケースもあると思います。自社のプロダクトやビジネスモデルが、日本とはカルチャーや商慣習も異なる外国のマーケットを本当に取りにいけるものなのか、きちんと勝ち筋を考えて見極める必要があります。

一方で、特にテック系スタートアップなど、新しい素材や新しいプロダクトを作っている企業は、自ずと外国のマーケットの獲得も視野に入ってくると思います。自らのビジネスを理解し外国で事業化できるかどうかの検討や、事業化も自分たちが現地に乗り込みプロダクトを作るのか、単に現地企業とライセンスのような形で量産を頼むのかなど、実務レベルで外国での事業展開を考えていく必要があります。その際に、特許や商標などの知財が重要であるとすれば、外国で出願することを検討することになります。

外国で特許を取るにはどのような手段があるのでしょうか?

方法は三つあります。まずは現地の特許庁に直接出願する方法が一つ。二つめは「パリ優先権」を使った出願です。これは最初に日本で出願した後に、出願から1年以内であれば日本と同じ内容の出願を、日本で出願した出願日の利益を維持しながら現地の国でも出願できる制度です。しかしパリ優先権を利用して直接外国で出願する場合は、日本で出願した日から1年以内にどの国で特許を権利化するかどうか決めて、手続を済ませておかなければなりません。1年という期間はスタートアップの時間軸だとあっという間なので、どこまで事業が成長しているか、プロダクトができているかを予測して外国出願を行うのは難しいと思います。

三つ目の方法は「PCT国際出願」です。PCT国際出願は、いわゆる現地の国ではなくWIPOという国際機関に出願する制度です。それをすると、最初の出願日から原則2年半以内であれば、PCT加盟国で出願(各国移行)することができます。パリ優先権の1年と比較すると、2年半という長い猶予ができるため、どこの国で権利化するかどうかの判断を先送りし、然るべきタイミングで権利化のフェーズに入ることができるという意味ではPCT制度は非常に便利です。

PCT国際出願は、日本の場合ではそんなに難しい、特殊な手順は踏みません。直接、国際機関に出願することもできますが、日本の特許庁が国際出願を受理し、日本の特許庁から国際機関(国際事務局)に送付するというシステムを使うことができます。願書の言語も日本語で大丈夫で、日本の出願と同じように行うことができます。そして各国の移行手続きをする際に、移行する国の言語の翻訳文を出せばよいです。弁理士さんにPCT国際出願をしたい旨を伝えれば、皆さん対応してくれると思います。

国際出願をするメリットはありますか?

国際出願をすると、外国での権利化の猶予が与えられるだけではなく、例えば、出願後2~3ヶ月後に国際調査報告が通知されます。これは出願した権利範囲が特許性があるかどうかをチェックしてくれる制度です。この国際調査は特許庁における通常の新規性、進歩性があるかどうかの審査に相当するもので、国際調査報告を見て「今の内容では特許性が厳しい」と解れば、取り下げたり、内容を追加したり(優先権出願)、補正を検討することもできます。

また国際調査報告で「権利範囲として特許性がある」と認められた場合は、その調査結果を利用して、例えば日本で早期権利化の手続を行うことができます。そのため、日本国内での審査スピードを速めることができ、早く権利化することができます。また、日本の調査結果は、例えば東南アジア等の国で権利化する場合に利用することができます。

またPCT国際出願をして、必ずしもアメリカや中国に出願しなければいけない訳ではありません。日本だけでもいいですし、外国で権利化する気が無いならそのままスルーしていても大丈夫です。少しでも外国のマーケットを取りに行く可能性があるのであれば、PCT国際出願をしておくことで、事業がどう展開しても知財面の安心を担保できる要素のひとつになるかなと思います。

国際出願をする際の注意点はありますか?

第一の注意点は出願時にかかる費用が通常の出願よりも増える点です。出願手数料も通常の特許出願よりも高く、出願手数料や国際調査手数料が加算され、10~20万円程度高くなります。ですが、スタートアップなど資本金が3億円未満のベンチャーであれば減免制度が使用できます。費用が三分の一になりお得ですので、例えば調査結果を早く知りたい場合等には積極的に使った方が良い制度かと思います。

あとは移行期間を過ぎると権利化することができなくなってしまう点です。PCT国際出願をして2年半の猶予があったけれども、気づけば移行期間がすぎていたというケースも起こり得ます。そのため、出願したことの記憶を頭の片隅におきつつ、出願手続きをしてくれた特許事務所とはコミュニケーションを取り続けておいた方が良いかと思います。

コストのお話が出ましたが、外国での権利化にはどのくらい費用がかかるものなのでしょうか?

PCT国際出願をして直接アメリカや中国に出願するとなった場合は、移行した各国ごとに権利化する費用や、権利を維持する費用がかかります。現地の特許庁に支払うお金、現地の特許事務所に支払うお金、現地の特許事務所とコミュニケーションを取っている日本の特許事務所に支払うお金など、支払先が多くなるぶん、日本での権利化よりもコストがかなり大きくなります。だいたいの目安は一出願、一カ国あたり100~200万ほど見ておいた方が良いでしょう。明細書の分量が多い通信やバイオ系では、もっとコストがかかることもあります。それだけコストをかけても事業戦略上欠かせない要素であれば、弁理士と相談しながら各国での権利化を進めるのがよいと思います。

次回の『スタートアップのIP!Q&A』は5月14日(金)に公開予定です。お楽しみに!

スタートアップのIP!Q&A #7 特許権を侵害してしまっているかもしれないと思った際の対処法



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