特許は「守る・使う」だけじゃない。その先の未来へ展開する、新たな特許の価値とは。(後編)
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世界80か国のイノベーションキャピタルデータベースをもとに、無形資産などの評価を行っているアスタミューゼ株式会社。昨年10月には、新たな特許価値評価技術を特許出願するなど、無形資産の中でも難しいとされる特許をはじめとした知財の価値評価の可能性を広げていると感じます。
今回は、アスタミューゼが考える特許の価値やこれからの無形資産の可能性について、代表取締役社長 永井 歩 氏と、テクノロジーインテリジェンス部部長 川口 伸明 氏にお話を伺います。
インタビュー後編では、川口氏に、アスタミューゼが考える特許の価値や無形資産の可能性、スタートアップに有効なデータベースの活用法についてお話を伺いました。
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ーアスタミューゼでは「特許の価値」をどの様に捉えていますか?
特許の価値を考えるときには、特許技術を排他的・独占的に製造販売できるという、アイデアを保護する守りの側面が重要視されます。ただ、それ以外にもブランドとしての価値や、広報的な意味合いなど、特許は広く活用されています。私たちはコンサルティング業務を通して事業を作るサポートをしていますが、非常に多くの企業が「事業を広げていきたい、違う分野にも転出していきたい」と悩まれています。
その際に私たちが着目したのが、特許の権利以外のもうひとつの面です。特許は最大20年間、医薬などでは認められれば最長25年まで権利を行使できますが、権利を失ってからも発揮できる機能があります。それを我々は「牽制」と呼んでいます。他者の特許出願を「拒絶」させる機能ですね。要するに、自社が出願した特許が原因で、その後に他社が新しい特許を出願した際、審査官に「すでに特許が出ているよ」と「拒絶」されるものです。
後から出願した側は、拒絶理由通知や拒絶査定に「拒絶になった理由」が書いてあるので、なぜ拒絶されたのかが解ります。ところが、先に特許を持っていた側には通知などが来ません。我々はそこに着目しました。
ー自分たちが出した特許がどの様な影響を及ぼしているか、に着目されたということでしょうか。
はい。例えば、ある企業が車の排気ガス機材を特許出願していましたが、その後に出願したある飲料メーカーの特許が共通の技術要素を持つということで拒絶査定を受けていました。車のフィルタリングで用いられていた微細構造と同様の技術が飲料の不純物を除去するために使われていたのですが、まさか車の技術が食品の技術を阻止していたとは思わないですよね。
この様な事例から何が解るかというと、特許の発明や技術そのものが、想定外の異分野の技術にも、影響を与えることがあるということです。ですが、大企業の知財部でさえ、特許を出願したその後の影響までは追っていないところが多いです。通知も来ないし、追いようも無いのです。我々はそこをコンサルティングし、自社の技術展開を考える際、出願している特許が「牽制」した実績から、業界や技術分野を超えて新たな事業を提案しています。先ほどの例で言えば、自動車業界や環境分野から飲食業界や衛生・品質分野に算入してみませんか、という提案です。既存の技術も牽制実績から様々な展開を考えることで、また新しい技術になることもある。我々は特許の権利をどう使うか、どう守るかではなく、その先にある新規事業テーマにまで展開するコンサルティングができるのです。
特許は「守りの価値」の他に、隠れた才能をまた別の技術に展開し事業化する「攻めの価値」もある。そういうところが非常に面白いですし、今後の成長領域も見えてきます。我々はマトリックスという技術を使い、企業の様々な技術を縦に分析し、その牽制関係を見て意外な異分野に展開している例を見つけています。その様な手法を我々は持っていて、そのデータをもとにコンサルティングを行なっています。
ーアスタミューゼの特許評価ロジックのポイントを教えてください。
様々な会社が特許に関するスコアリング(点数化)やレイティング(格付け)を出していますが、大抵の場合は特許ひとつひとつの出願日や登録の有無など特許の権利化に関するパラメーターが使われます。もちろん先述の牽制関係などもパラメーター化して測るのが一般的な考え方でしょう。
我々の場合は、特許のパラメーターだけでなく経済活動との関係性に着目しました。ここに関しては、すでに特許出願を終えていますが、牽制関係だけでなく、牽制先特許の発行国のGDPや特許訴訟の損害補償額などもパラメーター化するのです。損害補償額も国によって大きく変わるので、国ごとの特許重要度の指標にもなるのです。特許のパラメーターだけでなく、経済的、あるいは法的パラメーターで重み付けすることで、その特許がどれだけの経済活動に影響を及ぼすかを計算しています。そのようにして、特許一件一件ごとに「パテントインパクトスコア」をつけます。
また、特許一件一件ではなく、企業・大学、業界、国など各集合体の中でどれだけ影響力のある技術資産をポートフォリオ(品揃え)として持っているかを測る指標として、抜きんでた排他力を示す『パテントエッジスコア』、排他力の強さと権利期間の長さで総合力を計算する『トータルパテントアセット』、ポートフォリオ全体での圧倒的な技術的優勢度を測る『トータルパテントポテンシャル』、特許集合の粒ぞろい度や伸びしろを測る『トータルパテントパフォーマンス』など、我々は特許資産の影響力を測る様々な指標を持っています。
これらのパラメーターを評価目的に応じて使い分けることで、特許だけでなく大学の基礎研究の価値評価なども同じようにできます。公的研究費や、スタートアップの資金調達、クラウドファンディングなど、みんながどのような研究テーマに興味を持っているか、さらにいえば、どんな課題に対し、どんな解決策が検討されているかの指標になる。それらのデータを組み合わせると、かなり大きな未来ビジョンを描くことができます。特許をベースに世界の研究費、ベンチャーやプロシューマーの動きの視点を重ね合わせていけば、どのような技術がいつごろ実現しそうかがおおよそ予想できる。これは有望成長領域の技術を特定したり、技術そのものの進化を予測するだけでなく、技術ドリブンでの社会課題解決のシナリオをも読み解くことにつながります。そうすると、私の著書『2060 未来創造の白地図』(技術評論社/2020年)に描いたように、最大で2050−2060年ごろまでの未来予想図が見えてくるのです。
ースタートアップが活用すべきデータソース はありますか?
スタートアップも業種やステージごとに違うので、一概にこうと言うことは難しいですが、多くの方が悩まれていると感じる「マネタイズ」の部分を考えると、例えば世界中のクラウドファンティングプロジェクトのサービス設計・訴求点などの分析データはとても参考になると思います。クラウドファンディングは共感を生んだり、継続的なコミュニケーションを前提にしたサービスになっていることが多く、お金の取り方が秀逸だからプロダクトが成り立っていることが多い。同じ製品でも見せ方や訴求ポイントで売れ方が大きく変わります。
また、サイエンスな差別化が重要な会社には、世界の研究開発グラントデータ(各課題に対して研究開発プロジェクトへの予算配賦情報)をお見せすることが多いです。論文や特許になる前に、世界にはどんな課題があり、それらにいくらの研究費が集まったのか、というデータです。日本で言うと科研費、アメリカではNIH・NSFのグラントなどがどんなテーマを採択したのか、ということが分かります。特許情報を使い特許のホワイトスペースを探すよりも、課題に既に研究費がついたのに特許を取られていない分野を見た方が参考になります。
クラウドファンディングやグラントデータなどの「解決策は不確かだけど課題設定に需要があり、共感を生み、お金が付いたもの」をスタートアップは参考にするべきだと思います。それをR&Dに落とし込み、最終的に権利化していくプロセスを検討するのが、今後のスタートアップの成長モデルになると思います。
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