スタートアップのIP!Q&A #13 スタートアップにおける知財リスク
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この連載では知財(IP)に関する読者の疑問をOne ip特許業務法人の澤井弁理士が解決していきます。この連載を通して知財や特許をより身近に感じてもらえますと幸いです。
第13回目のお悩みは「スタートアップにおける知財リスク」。
とある技術系スタートアップの法務部署でお仕事をしているTさんからのお悩みです。
スタートアップのIP!Q&A #12 オープンクローズ戦略について
澤井 周氏
One ip特許業務法人 パートナー
弁理士 博士(工学)
東京大学工学部産業機械工学科卒業、 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻博士課程修了。大手素材メーカー、日本学術振興会特別研究員、都内特許事務所、 企業知財部を経て、2019年、R& Dと事業戦略とに密接した知財支援をさらに進めるべく、One ip特許業務法人に参画。企業知財部では、発明発掘、 出願権利化、知財企画、知財戦略支援、 研究者への知財教育等を担当。新製品・ 新事業モデルを見据えた知財戦略・特許網構築の支援に尽力。One ip特許業務法人では、主にクライアントの知財戦略支援、 クライアント知財管理、所内管理を担当。
Uさんのお悩み
リアルテック系スタートアップの法務部で働いています。自社の事業領域を鑑みて知財をケアしなければと思っているのですが、担当者を社内にお迎えするリソースが無く、また周りに頼れる知財専門家もいません。スタートアップが陥りがちな知財リスクや、身につけるべき知財リスクマネジメントについてお教えいただきたいです。
スタートアップが陥りがちな知財リスクは、どのようなものが挙げられるのでしょうか?
スタートアップの知財リスクには、知財の初歩的なレベルのリスクから、知財をしっかりケアしていてもどうしてもぶち当たってしまうようなリスクまで、様々なレベル感のものがあると思います。
まず、どの業態のスタートアップにも当てはまる知財リスクは「商標」です。商標は、自社の名前やブランド名、サービス名などの名前を守るために商標登録出願をして特許庁に審査してもらい、その結果として商標権を得るものです。例えば自分たちの事業がうまくいき展開していこうとした時、社名やサービス名を商標登録していなかったとします。その際に同じようなサービス名で他社が商標登録出願をして商標権を取得していたいた場合、自分たちも同じ名前を使い続けてしまうと他社の商標権の侵害になる可能性が高いです。
商標権を取られてしまうとかなり厄介です。例えば商標権を取った相手によっては、譲渡やライセンスなど交渉の余地はありますが、悪意を持って商標登録をされていた場合は、高額な支払いを請求されるケースもあります。このような状態だと、せっかくうまく進んでいたサービスの名称を変えて再度ブランドを構築しなければならない場合もあります。積み上げてきた信用やブランド価値などにかけたこれまでの労力がゼロになり、もう一度新たに戦略を練り直さなければいけなくなる可能性もあります。
商標権は単に社名やサービス名だけではなく、ドメイン名にも及ぶ場合があります。SEO対策やWebマーケティングをしっかりやっていても、そのドメインに使われている文字列が識別性があり、他人の商標権を侵害している場合には、そのドメイン名を放棄して諦めなければならなくなるケースもあります。ブランド名やドメインなど、ネーミングは他社との差別化要素として重要です。少なくとも社名は必ず商標登録し、自分たちの事業のコアだと思うものに関しては、きちんと保護しておいた方が良いでしょう。他人の商標権を侵害してないかどうかチェックすることももちろん重要です。
リアルテック系スタートアップが気をつけるべき知財リスクはありますか?
自分たちの技術に関する特許を出願していたとしても、事業に紐づく権利が取得できていなかったというケースもあります。ここが特に大きく影響するのがリアルテック業界です。自分たちのコア技術の特許を出していたつもりでも、その権利範囲が狭いために、少しでも違うように設計できれば回避できてしまう…という問題も起こり得ます。
また大学発のスタートアップに多いのは、論文の成果がそのまま特許になってしまい、その結果として非常にピンポイントな権利しか得ることができず、事業展開する際にプロダクトを保護するような特許になっておらず、他社との差別化に寄与しないというケースがあります。
リアルテックであればあるほど、特許の影響力が大きくなるので、知財の利点が活かされない特許しか持っていない状況だと、その技術が真似されやすい領域である場合、その後の事業戦略を根本から変えなければならない可能性が出てきます。自らのコア技術が、大企業が容易に模倣できそうな領域であれば、彼らの方が事業開発に使えるリソースも大きいので、食われてしまう要因になってしまうかもしれません。資金調達におけるデュー・デリジェンスでも、事業の継続安定性を担保するアセットとして特許が評価されますので、起業の段階から注意すべきポイントでもあります。
スタートアップと大企業の協業で、気をつけるべき知財リスクはありますか?
大企業と協業で研究開発や事業をする場合、契約の内容が非常に重要になってきます。共同開発で得られた成果物は共同で得られるのか、スタートアップ単独で得られるのかは、研究開発の寄与度に基づきます。そのため、例えばスタートアップによる知見と実証による成果であっても、大企業側は実証の場を提供したというだけで、成果物の共有を求めるケースもあります。そのため、得られた成果物の帰属については、きちんとケアした方が良いでしょう。スタートアップと大企業が共同研究開発をした際、仮に単独で成果物を得られたとしても、その成果物を大企業側だけで半永久的に独占して使えるような契約を巻こうとするところも多いです。
スタートアップからすると成果物を使い、さらに精度を上げた事業展開をしたいのに、成果物は協業相手の大企業しか使えないとなると、開発した技術が他事業に使えず事業展開のスピードが遅くなってしまいます。そうならないように、共同研究開発や、業務委託契約に関する知財の条項は特に気をつけなければいけません。顧問弁護士や弁理士のチェックもあると良いと思います。
アメリカの場合は、知財の成果物はスタートアップが持ち、その成果物を大企業が優先的に活用できるという、お互いWin-Winになるような立て付けが主流のようです。日本では大企業がスタートアップを囲い込もうとする事例が多いので、企業の大きさに関わらず対等に話ができるように、契約周りはしっかり脇を固めておき、大企業と交渉できる権利を持つのはスタートアップにとって重要だと思います。対等な交渉のためにも、必要なコア特許はしっかり固めておくのがよいと思います。
スタートアップの知財リスクマネジメントで重要なポイントを教えてください。
他の人に真似される可能性があるか、真似されたら困るかどうかを気にするマインドを持つことが一番重要ですね。自分たちの技術を使ってもらってなんぼのところはあるものの、自分たちのビジネスの核になる部分を安定的に独占できるように意識することが重要です。その先に例えば社名なら商標権、技術やビジネスモデルの部分なら特許で守ることを検討し、また他人の権利を踏んでいないかどうかケアすることが大事だと思います。
なお、これまでの連載で知財戦略の話をしてきましたが、知財リスクは知財戦略の裏返しだと思います。事業戦略に紐づく知財戦略を考える際は、同時に知財によるリスクも考慮する必要があります。知財リスクをケアしていなければ、いかに優れた知財戦略を構築していても、思わぬところで穴に落ちてしまう可能性があります。最低限の知財ケアは初めの段階から必要ですが、ステージが進むごとに自らの技術を守るためのリスクヘッジをするための知財を意識しなければなりません。スタートアップはステージによって知財の関わり方は広く細かくなっていきます。
リソースの少ないスタートアップが知財ケアをするには、どのような方法が良いのでしょうか?
起業初期の場合は、まずは社名の商標や、自分たちのビジネスに強く関わるコア技術の特許の取得が重要になります。特許については、外部環境も含めて検討が必要になると思います。特許が必須の領域であったり、ポートフォリオを固めることでバリューチェーンで価値が出ると思われる場合は、必ず取得することが求められます。ミドル期やレイター期に進むと、例えば共同研究をしている相手企業との契約内容や、ライセンス契約の内容など、協業に基づく契約内容をケアする必要もありますし、様々なアプリケーションを見据えた特許や商標も必要になります。
また、IPOやM&A期においては、他社権利侵害のリスクについてもケアする必要が出てきます。他社の権利を踏んでいるなど、訴訟に至る潜在的なリスクを負ってしまっている状態であれば、投資家としてもリスクに感じてしまい、IPO等における企業価値に影響が出る可能性があります。他にも、職務発明規定などの知財に関わる労務規定や、広報等の他部署との連携が取れる体制にあるかどうかなど、シリーズが進むごとに知財の課題は増えていきます。資金調達のタイミングなど、企業規模が大きくなるごとに、知財のリスクのケアが必要な領域を整理して、一つずつクリアにしていくことが求められると思います。
次回の『スタートアップのIP!Q&A』は7月23日(金)に公開予定です。お楽しみに!
スタートアップのIP!Q&A #12 オープンクローズ戦略について