【知財イベント】WIPOシンポジウム:グローバルな時代におけるイノベーション/講演2「イノベーションのエコシステムに向けて、スタートアップ成功国カナダより学ぶ」
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Neil Henderson (Mr.)
President/Founder
Amarok IP Inc.
本日はイノベーションエコシステムについてお話しができますこと、大変嬉しく思います。
今回は、イノベーションエコシステムの基本的な要素についてお話させていただきます。
カナダはイノベーションの世界的なリーダー
まずはじめに、なぜイノベーションエコシステムの話をするときにカナダについて考えるのかという疑問にお答えします。
カナダといえば、天然資源や国全体の人口がそれほど多くない国だと連想する方が多いかと思います。しかし、実はカナダは科学技術やイノベーションの世界的リーダーであり、研究開発においても世界で大きな貢献をしている国です。
例えば、カナダの高等教育機関における研究業績はG7の中でもNO.1です。また、カナダはアントレプレナーシップも根付いており、起業家は労働者の17%を占めています。そういう意味で、カナダはアントレプレナーシップのしっかりとしたベースを持っていて、そしてイノベーションエコシステムの環境がきちんと整備されているため、カナダにおけるイノベーションエコシステムが、ずいぶん前から注目されているのです。
今回は、この私たちが持っている知見を皆様にお話しさせていただき、世界の方々にも情報を共有させていただければと思います。
イノベーションエコシステムの基本的な要素
さて、イノベーションエコシステムの基本的な要素は、皆様もすでにご存知のシリコンバレーなどのイノベーションエリアに共通しています。
まずイノベーションエコシステムに必要なのは、産業です。また、大学やカレッジなどがイノベーションエコシステムの基礎を提供してくれるので、アカデミアの方々も必要です。さらに、政府にもこの事業を推進する上で関わってもらう必要があります。あとは、リスクマネーも必要で、ベンチャーキャピタルも必要です。お金をかけるリスクを負う人たちも必要ですし、イノベーションに投資する用意があるという人も必要になります。
ただ、その中でもさらに必要だと思われる2つの大事な点は、「コミュニティ」と「マインドセット」だと感じます。詳細については後ほどお話しいたしますが、このイノベーションエコシステムの基本的な要素の中でもこの2つに特に注目しています。
では、上にあげた必要な基本的要素について、それぞれ詳しく見ていきたいと思います。
基本的な要素(1)産業
まず産業については、その地域の大手企業のビジネスを中心に考えがちです。しかし、それだけでは十分ではないということが多いです。大手企業が作り出すコミュニティや、大手企業のマインドセットも重要です。雇用者、供給者として地域社会にコミュニティを還元し、また、中小企業を支援することをいとわないという社会的責任を担う大手企業が必要です。そのためには、「自社で発明すること」にこだわらず、中小、スタートアップ企業と協力していくことが重要になってきます。大手企業というのは、社内で新しいものがないかを探すことが多く、外にはなかなか目を向けません。まずは、そのようなマインドセットを変えていくことが、産業界のプレイヤーに求められるのです。
また、起業家精神を持っている人たちをもっと採用していくという意思も必要です。学校を卒業する前でも起業家が活躍し始められるように、学生を採用するということも考えられるわけです。
さらに、多くの企業はオープンイノベーションコンセプトについても考えを巡らせています。先ほども申し上げたように、「自社で発明すること」にこだわらないためにも、オープンイノベーションコンセプトが有用であるというわけです。
基本的な要素(2)アカデミア
大学やカレッジなどのアカデミアは工学系や化学系の分野だけではなく、この地域社会に対するコミュニティやマインドセットにも貢献するべきです。
例えば、インターンプログラムなど、「学び、働く」という制度の導入ですね。カナダでは、学生が一定期間は働きながら勉強するための様々な制度があります。それにより、学生たちは社会の理解を深めることができるのです。実際には、まだ学んでいる身の学生ですが、インターンとして起業家とはどういうものなのか、どういうことを意味するのかという経験を積む機会が与えられます。
さらに、アカデミアでは、起業や事業に関するコースを設けて、起業家精神がある学生の起業を支援したり、キャリアとして起業家としてのマインドセットを策定したりして貢献していく必要があると思います。
また、アカデミアの知財の取り扱いについても重要になってきます。私の家の近所にある大学は、知財ポリシーを持っています。大学のスタッフや関係各所に対して、大学は新しい技術の知財の所有権についても考えるということを奨励しています。
さらには、アカデミアは知財についてもっと柔軟な考え方を持つことも有用だとされています。産業支援研究に対しても、アカデミアがより柔軟な考え方を持つと、産業がより仕事しやすくなり、中小企業などにとっても資金面でより状況がよくなると考えられます。
基本的な要素(3)政府
政府は、大学の基礎研究などを支援していますが、研究成果の事業化についてはこれまでは産業界任せにしてきました。しかし、政府が今まで取り組んで来なかった企業成長支援や、起業家支援というイノベーションプログラムが必要だ、と政府はある時気付いたのです。
そして政府が行った有効なプログラムのひとつに、科学研究開発ならびに実験開発プログラムがあります。これは商業化へ向けての提供を行っている中小企業などといった、新しい企業に対して資金の面から支援するための税金還付プログラムです。しかし、このプログラムでは知財のサポートが手薄だったため、政府は現在追加プログラムを検討して、中小企業に対する知財面のサポートを更に強化させていこうと考えているところです。
また、そのほかにも政府では様々な分野に資金を分配しています。クリーンテクノロジーなどもその一つですし、非常に重要な経済の原動力となっています。
基本的な要素(4)資金
続いて、資金面です。従来の資金調達というと、エンジェル投資家などが知られていると思いますが、今回は考え方を変えて、コミュニティとマインドセットを重視したいと思います。
例えばカナダでは、政府がスタートアップに対する早期融資の支援をしたり、CommunitechやVelocity Garageなどのインキュベーション産業、政府、アカデミアなどが投資家をサポートしていて、コミュニティ全体で事業を始めたり、成長や成功させるためのサポートをしています。
また、エンジェル投資家についても新しい考え方をしています。地元で成功した起業家は地元に留まってさらに多くの投資をし、コミュニティが地元に貢献するための資金を維持して循環しています。
そしてベンチャーキャピタルに関しては、似た考え方の人々が繋がって、エコシステムを創りコンタクトを取ることで、ベンチャーキャピタルがエコシステムに引き込まれるのです。これは、カナダでは非常に成功していて、シリコンバレーからのお金も入ってきています。そのため、カナダのエコシステムは非常に注目に値すると思っています。
基本的な要素(5)コミュニティ
様々なカナダのイノベーションエコシステムを見ますと、コミュニティの中心に「調整グループ」がいることによって、そのコミュニティは非常に伸びてくる傾向があります。
「調整グループ」というのは、ハブのようなものとして機能します。産業、政府、アカデミアなどをまとめるハブになるのです。
また、イノベーションエコシステムというのは地域性や、地理的な影響を受けて特徴的なものになることがあります。このため、その地域の企業や、法律事務所やコンサル企業など、中小企業を支える専門家ブレインもコミュニティに関わっていく必要があると思います。
基本的な要素(6)マインドセット
マインドセットとは考え方のことですが、これを変えるのには大変時間がかかります。カナダでももちろん進歩はしていますが、アメリカでもマインドセットに関してはよく取り組まれています。
キャリアというと、ビジネスマンや銀行員、法律家、博士などありますが、私は起業家もキャリアとして認識する必要があると思います。そして、大切なのはこういった考え方をより強固なものにしていくことです。起業家というのは、支援を受けて失敗をしてもよいし、途中で方向転換をしてもいい、一方通行ではなく、色々な試行錯誤を得てもいいというように支援するべきだと思っています。
このマインドセット、考え方というのは、大学生までの教育課程から新卒、社会に入るまでの就職活動期間中など様々なタイミングで支援されるべきでしょう。学生に早く試行錯誤をする機会を与え、そして次のステップへ繋げるのです。
基本的な要素(7)ケーススタディ
そして、最後にケーススタディについてです。私はカナダの東海岸にあるトロントで、長年にわたりカナダで最も一貫性のある技術のハブであるKichener Waterlooに関わっております。そして、トロントというエリアは非常にイノベーションエコシステムの良い例です。
例えば、カナダの大学の一つであるWaterloo大学は、化学、工学に焦点を当てています。この大学のプログラムでは、様々な機会を提供していますし、それを継続して行っています。また、先ほども申し上げましたが、Waterloo大学には知財のポリシーがあるのです。そのため、教員も学生も新しいアイデアをどんどん出しています。小さなビジネスをどこでどう始めたらいいのかといったマインドもきちんともっているのです。
さらにもう一つの例として、ロレアル大学はビジネスに注力していて、幅広い科学技術分野を網羅しています。
そうして、たくさんのスピンオフした企業があるわけですが、最も有名な企業の例は、ブラックベリーではないでしょうか。他にも成長した企業はありますが、ブラックベリーはこのWaterlooで始まり、製造の段階から産業界の支援を受け、そして今も生き続けています。
また、このような地元の企業で「Communitech」というインキュベーションを設立しました。Communitechは、コミュニティとマインドセットをサポートし、アカデミアと産業界と協力して、さらに政府に追加の支援をしてもらえるよう働きかけました。そして、成功した企業の創設者は、地元に残って投資し続け、地元に資金を回してくれるのです。そしてどんどん発展が続いていくというわけです。
今もなお、この地域では適応と発展を続けており、現在はスタートアップから中小企業になるためのサポートをしていて、大企業は発展途上の中小企業のためにラボを創って、サポートしています。
日本への想い
私は、日本に1994年から1998年まで住んでいました。最近はコロナの影響で渡航規制などもありますが、今でも年に1〜2回は日本に行っています。私はこれまでずっと日本の成長を非常に楽しみに見守ってきました。
日本は、これまで紹介したすべての基礎的な要素を持ち合わせた国だと思います。エコシステムがすでにあり、マインドセット、つまり考え方が非常に変化を遂げてきていると感じています。もちろん、コミュニティとマインドセットがまだ少し発展の可能性があるかなと感じます。しかし、多くの人が起業家に対して、そして起業家というライフスタイルに興味を持ち、スタートアップから始めてみるという変化が見られ始めています。このマインドセットを継続させていくことが非常に大切です。
そして、そのような起業家を応援するためにも、こういったセミナーを頻繁に行ったり、既存の中小企業が自らの事業の歴史について話したりすることが大切だと思います。
さらに、北米では職場の多様性が広がっています。職場での女性の起用や活躍などといった多様性を広げることが活発に行われているのです。
私が長年見てきた中で、日本の特許庁は国際的なアウトリーチ、知財コミュニティを構築する上でのリーダー的な役割を担ってくださっています。そして、中小企業への啓蒙活動など非常に素晴らしい活動をされています。このように、特許庁の知識を広げるということは素晴らしいと思っています。
まとめると、大切なのは、イノベーションエコシステムを守っていきながら、邪魔だけはしないということです。サポートしつつも邪魔しないという姿勢です。アカデミアなどから、エコシステムをコントロールしよう、管理しようというプレッシャーもあるとは思いますが、政府や産業界は、支援してもコントロールはしない、邪魔だけはしないということが大切だと思います。
起業家は、新しいものを作るために素早く動いて、展開し、そして失敗してもOKという余裕も必要なわけです。もしも、産業界や政府があまりにも深く関与してしまうと、失敗は許されない環境になり、いざという時に方向転換ができなくなってしまうことがあります。そのため、起業までの過程をサポートするけど邪魔だけはしないということが重要なのです。
ご静聴ありがとうございました。
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