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スタートアップを支える無形資産の価値#2

インタビュー

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―#1はこちら

スタートアップを支える無形資産の価値#1

知財の置き場所にも注意が必要

【中畑さん】
無形資産を定量的に評価するということ自体が難しいですよね。先ほどの株式の話で、有形資産の場合、前提の置き方がある程度固定されるところもありますが、無形資産になると、前提の置き方が人によって大きく異なってくる。そうすると、そもそも評価自体、数値化すること自体に意味があるのかという話になってくる。特にスタートアップの場合、評価をキャッシュフローに直結させることがなかなか難しい。だからこそ、いずれそうなるであろう可能性を評価してあげることも必要になってくるのかなと思います。

【岡田さん】
確かにその通りですね。実際に、知財で気を付けなければいけないと感じるケースが、例えば、大企業が保有する知財をもとに、子会社で事業を動かしている場合です。事業が形になり始めて、いざ子会社が上場しようとしたときに、その時点で知財は親会社が持っていることが判明すると大問題です。親会社が知財を持っている状態で、子会社は上場できない可能性があります。理由としては、親会社が知財を持っている限り、その使用料としてある程度の対価を課すことができるためです。ですので、知財はなるべく早く、本来持つべきところに持たせなければいけない。上場をする会社がその知財を持っていないと、上場するときにそこがハードルになってしまう可能性があります。

【中畑さん】
そういう話で言うと、社長が自ら持っている場合も大変ですよね。

【岡田さん】
そうなのです。いずれにしても、ある程度事業が進捗した後で知財を移すとなると、適当な算定結果での実施では、監査、上場審査、税務上の問題となりえます。また、社長が個人の資産管理会社で持っていると大変ですね。

【中畑さん】
その部分で今の私が出来るアドバイスとしては、会社で知財を使うのであれば、会社名義にしておいた方が良いというくらいしか言えないですが、今岡田さんが話してくれたような上場やM&Aのときに困るという実話を伝えられたら、初めてそこで私たちが口酸っぱくして言っていた意味を分かっていただけるのかなと思います。
あと、スタートアップ企業は、新しいものを開発して、いざ特許を出願するときに、かなりバイアスがかかります。特許庁は、一昨年からスタートアップ支援にかなり力を入れていて、IPASではメンタリングもやっているのです。ただ、あくまでこれは成果物を保護するという目的で、もうひとつ忘れてはいけないのは、人の権利を踏んでないかというクリアランスの部分なのですよね。

【岡田さん】
そうですね、人の権利を踏んでいるとその後が本当に怖いですから・・

【中畑さん】
過去にもそういう事例がありましたよね。一番指摘されたら困るときに、指摘して来る。

【岡田さん】
確かに、そういうのは儲かっているときに来ますからね。

【中畑さん】
そうなのですよ。例えば、極端な話ですが、累積で資金調達50億円した。
でも、その後人の権利を踏んでいたことがわかり、損害賠償で数十億円支払わなければいけないということになった。そうすると、当然その企業価値にも響いてきてしまいます。

【岡田さん】
なので、なるべく早々に知財はちゃんと事業をする会社が持つべきということですよね。
そして、個人が持つ知財をもとに会社を立ち上げる場合には、株式を対価として会社に権利を移すという選択肢もあります。ただ、こう言うと『現物出資(※3)』にしようという話になりがちですが、現物出資はとても繊細に実施する必要があります。場合によっては乱暴なことがいくらでも出来てしまいます。普通はしないですが、例えば、『この知財は100億円の価値があるから、現物出資します』とすれば、資本金100億円の会社を簡単に作れてしまいます。しかし『資本充実の原則(※4)』があり、現物出資の場合は鑑定評価が必要で、鑑定人はその価額の補償に近いリスクを負うことになります。補償となると、簡単に出せる鑑定ではないので、実務的には、その個人の現金による出資と、会社による現金での知財の取得を実施してもらう形がいいでしょう。

(※3)現物出資:株式会社の設立、新株発行に当たって金銭以外の財産を持って出資に充てること
(※4)資本充実の原則:資本金の額に相当する財産が現実に会社に拠出されなければならないという原則

【中畑さん】
確かにそうですね。現物出資ができるとなったとき、結構騒がれていた記憶があります。
ここまでの話で思ったのですが、株価と知財の価値、共通しているのは、事業がうまくいけばいくほど価値が上がるということですよね。

【岡田さん】
その通りです。固執して知財を個人で持っていなくても、出資して株式にしていれば、事業が伸びることで株式の価値が上がりますから、個人の資産も増えるのです。

流通させてこその『知的財産権』

【中畑さん】
話は変わりますが、知的財産権って昔は『知的所有権』と呼ばれていました。それが、知的財産権という名称に変わったのです。私はこれを知ったときに、『財産』になったということは、流通させる、取引をさせるということを念頭にしたから、所有権から財産権になったのではないかと思いました。しかしながら、財産権であるはずなのに、流通させる、取引をするための評価なり準備なりの道をつくるという部分が、まだまだ難しく感じます。多くの弁理士は、未だに特許法の1条にあるように、『産業の発達に寄与すること』というのを目的としている。
基本的には、知財は技術がドキュメント化、メタ化されたものです。それが流通するということは、技術も紐づいて流通するはずなのです。知的財産権が流通すれば、技術が流通しやすくなる。そうすると、それまで出会わなかった技術が出会う可能性が高くなるかもしれない。じゃあ取引をさせるために必要なことというと、やはりその取引の価格を決めなくちゃいけない。そうなると今度は評価が必要になってくる。逆に言えば、評価ができれば取引は恐らくできるようになる。アメリカには、Ocean Tomoやオークションなどがあり、財産的に知財を活用しています。でも日本にはまだない。今後、スタートアップからそういう前例がつくれるといいなと思っているのです。

【岡田さん】
そうですね。たぶん日本は、元々の文化によって、何か新しいものを作り出すことがゴールになってしまうのですよね。そこから、事業を生み出すというところが苦手なのかなと思うことがあります。でも、最近ではそれを得意としている方も増えてきているのを感じます。
私は、知財を流通する上で最も大事なことは、とにかく当該事業の事業計画を書くことだと思います。事業計画は、夢物語でもいいです。割引率の考え方で言うと、あり得ないような無謀な事業計画を書けば、将来の知財の価値を現在の価値に直すための割引率は、非常に高い値で考えることになります。計画のアグレッシブさと、ポテンシャルを考慮して割引率を計算することで、知財の価値もある程度一定のレンジに収まることとなります。そうすると、事業計画が多少乱暴に、えいやっと作成されたとしても、事業の専門家の分析を踏まえてプル―タスとしての割引率で評価を出せば、全員が納得するかは別として、その価格をリファーすることはできる可能性はあるものと思います。

【中畑さん】
最後の言葉に凄く後押しをされました。
知財の価値評価は弁理士だけでやるには限界があります。知財の価値評価を個人や一つの会社でやるのではなく、様々な業界、様々な体制で知財の価値評価が行われた事例があるので、それらを参考にもっと評価事例を増やしていくことが大切だと思います。それによって、例えばより資金が調達しやすくなったり、発明がきちんと納得できる形で評価されたりする世界になるのではないかなと思います。

【岡田さん】
我々は、バリュエーションを行う際に自分たちで財務デューディリジェンス(DD)(※5)を行うケースもあります。一方で、他の組織の方が行った財務DDレポートをもとに、我々がバリュエーションを行うこともあります。このように、財務に関してはコラボレーションすることは実績がありますが、特に知財系ではまだ一般的ではないと思います。知財系では複雑な事業計画が出てくることもあるので、今後は知財DDとバリュエーションがセットになると面白いかなと考えています。

(※5)財務デューディリジェンス(DD):対象会社の財政状態、経営成績、資金繰りなどの財務状態、またそれに伴う税務リスクについて詳細に把握すること

その知的財産を持つ理由が、知的財産の価値に繋がる

【中畑さん】
我々もスタートアップをサポートする際には、単に特許を取りましょうというだけでなく、展開しようとしている事業もしっかり理解したいと思っています。その上で、マネタイズはどこか、そのためにはどこを特許として押さえるべきか、どこを厚く保護するべきかを検討していくことが大切なのです。100件の特許を持っているから凄いのではなく、100件それぞれにきちんとした理由があることが重要です。資金調達の資料に知財に関する情報を纏めるサポートをしているのですが、その特許を取得した意味をきちんと説明できないと、本来の知的財産の価値が全く理解されません。

【岡田さん】
特許に意味があれば、競合他社に売るとなった場合には、すごいバリュエーションになってくることもありますよね。

【中畑さん】
はい。ですから、しっかり最初から経営者の話は聞くようにしています。事業計画にもしっかり目を通して、知財予算をどれくらい取ればいいか、他社に勝てるポイント、勝つために必要なプロパティなど、知的財産をどのように設計していくかを考えます。そうすると、勝ち切れるコアコンピタンスがなにかを、経営者と一緒に考えることができて、かつ、他の会社の戦略も踏まえたうえで将来のビジネスの選択肢を予めつくっておくができるのです。

【岡田さん】
そのような意識で取得された知財には、誰から見ても納得性のあるバリュエーションがつくように、これから専門家の皆さんと共に無形資産の価値を評価していきたいですね。そのような意識をスタートアップの皆さんが持てるような啓蒙もやっていく必要があります。

【中畑さん】
そうですね。是非、スタートアップの無形資産の価値を見える化し、社会を変革していく後押しをやっていきましょう!

スタートアップを支える無形資産の価値#1



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