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スタートアップを支える無形資産の価値#1

インタビュー

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スタートアップを支える無形資産の価値#2

30年前の企業価値ランキングでは、伝統的な製造業が上位を占めていました。しかしながら現在ではGAFAを中心とするIT企業の価値が高騰しています。これは、彼らが作り出す無形資産が、価値の中心になった証拠とも言えます。

また、スタートアップが大型の資金調達に成功する事例も増えており、伝統的な有形資産だけでなく、技術、ビジネスプラン、ブランドなどの無形資産を評価し、投資をするという活動が活発になってきています。

一方で、無形資産の正確な評価には大きな困難性が伴い、それがスタートアップ側にとっても、投資する側にとっても、越えなければならない大きなハードルとなっています。

今回は、企業価値の算定を中心に、無形資産の価値評価を広く行っている株式会社プルータス・コンサルティング常務取締役の岡田さんと、スタートアップのIP経営を最前線で行っている特許業務法人iPLAB Startups(現在One ip特許業務法人に改称)代表の中畑弁理士が、スタートアップがIPを軸とした経営を行っていく際に必要な知見についてディスカッションを行いました。

 

株式会社プルータス・コンサルティング
岡田 広 常務取締役

慶應義塾大学経済学部卒業。三菱UFJ銀行(旧東京銀行)、同行ニューヨーク支店、JPモルガン・チェース銀行(旧チェース・マンハッタン銀行)、ゴールドマン・サックス証券、BNPパリバ銀行、ロイヤルバンク・オブ・スコットランドを経て現職。ニューヨークでは、アジア通貨危機の最中、事業法人への中南米通貨などの新興国通貨についてデリバティブを活用したリスクヘッジを提案し、その後も機関投資家、事業法人などの為替・金利のデリバティブセールス業務に従事。
現在は、新株予約権、転換社債、種類株、時価発行新株予約権信託®、譲渡予約権等の各種有価証券・手法の活用による戦略的な資本政策を提案している。

特許業務法人iPLAB Startups
(現在One ip特許業務法人に改称)
代表パートナー
中畑 稔 弁理士(M.Sc.)

横浜市立大学大学院理学専攻、理学修士(M.Sc.)
特許事務所に入所後、弁理士資格取得。
株式会社コロプラ、株式会社FiNCを経て現職。
2017年、ドローンファンド設立と同時に直轄の特許管理会社である株式会社DRONE iPLABを共同創業、株式会社エアロネクストをグループ化し同社取締役CIPOに就任。平成30年度から経済産業省 産業構造審議会臨時委員に就任。特許庁WG委員。

プル―タスの原点は、新株予約権評価から発展した有償ストック・オプションの開発

【角田】
まず初めにプル―タスという社名の由来を教えてください。

【岡田さん】
プル―タスは、ギリシャ神話の神様の名前です。「富」を司る神様なのですが、「良き者だけ富を与える」とゼウスに宣言し、それでは貧富の差が増すばかりだとしてゼウスによって「人の良し悪し」が見えないようにと視力を奪われ盲目にされてしまったそうです。そこから、我々は独立した第三者評価機関として『先入観にとらわれずに、真摯に物事に向かい合う』という想いを込めて、社名をプル―タスとしました。また、プル―タスの会社のロゴは、天秤の支柱の部分が顔と顔の向かい合っただまし絵になっているのです。これも、公平に、かつ真摯に物事にしっかりと向き合っていこうという想いが込められています。

【角田】
確かに、よく見ると向き合った顔があります。そのような意味が込められていたのですね。
では、プル―タスのこれまでの取り組みについて、本日は詳しくお話しをお伺いできればと思います。

【中畑さん】
岡田さん、本日はよろしくお願いいたします。
我々iPLAB Startups(現在Oneipに改称)は、スタートアップに知財の意識を広める取り組みを行っています。同じように、これまでにプル―タスでも、例えば信託SOなどの新しいスキームを広められてきたと思います。今でこそ、スタートアップにおいて信託SOは当たり前となっていますが、広めるにあたって大変なご苦労があったのではないでしょうか。どのような経緯でここまで広めていったのか、そこまでの苦労なども含めながらお伺いしたいです。

【岡田さん】
実は企業の戦略的な資本政策を支援させて頂いているプル―タスの原点は、有償ストック・オプションを開発したことなのです。信託SOは、正確には時価発行新株予約権信託®と言うのですが、「時価発行新株予約権」の「信託」なのです。
そして、その構成要素である「時価発行新株予約権」は、有償発行新株予約権(「有償発行ストック・オプション」)と同じで、対になる言葉が、無償発行ストック・オプションです。新株予約権を報酬として無償で付与する報酬制度上の行為であるストック・オプションに対して、「経済価値を有する証券」である有価証券としての新株予約権の公正価値についてプルータスは算定ができますので、その算出した公正価値相当額での投資制度としての活用法を開発し、無償発行が当たり前だった世界に変化を起こしました。

【中畑さん】
それはすでに誰かが考えていたことなのですか。

【岡田さん】
公正価値での発行・投資は、そもそも普通株式や種類株式で行われていました。有価証券ですので当然ですよね。実は新株予約権も有価証券ですので同様なのです。そして、新株予約権についても価値はあるけど正確には計算ができないので0円ではなく1円として有償発行とするケースはあったようです。
しかしながら、その公正価値の考え方については当然に株主等に説明が必要なのですが、新株予約権の評価はなかなかわかりにくく、特に未上場になるともっと難しいものと考えられているため、その公正価値評価を生業とできる人が少なく、結果としてそのような正確な提案をできる人がいなかったのです。

【中畑さん】
なるほど。やはり評価をすることは難しいのですか?

【岡田さん】
実は弊社代表の野口と私は、ずっと金融機関でデリバティブ取引を提案して来ました。そして、新株予約権はデリバティブ取引の一つであるコール・オプション(※1)であり、デリバティブの考え方もそのままですので、我々にとっては決して難しいものではありませんでした。

(※1)コール・オプション:ある商品を将来のある期日までに、その時の市場価格に関係なくあらかじめ決められた特定の価格(=権利行使価格)で買う権利のこと

プル―タスの立ち上げのきっかけは会計の変化

【中畑さん】
プル―タスが立ち上がったきっかけも、お二人が金融機関ですでにデリバティブを行っていたからでしょうか?

【岡田さん】
大元を辿ると、会計の変化に伴い発生する企業のニーズに対応する必要性からプル―タスは立ち上がったと言えます。ストック・オプション会計基準のことなのですが、そもそもは海外で開発されていたストック・オプション会計基準について、日本でも同様の基準が必要となり開発されたものです。
ストック・オプションは、希薄化はあるものの株価をあげるという株主目線に合致するインセンティブ・プランとして様々な企業で活用されています。一方で、一部の企業でとても乱暴な規模での発行事例が出始めてしまい、その対応を検討する必要性が出たことが、ストック・オプション会計基準開発の背景の一つだったと聞いたことがあります。会計処理において、ストック・オプションの公正価値相当額について株式報酬費用としての費用計上を要することとすることで、企業はPLインパクト(※2)の許容範囲での発行規模にせざるを得ないこととなりました。

(※2)PLインパクト:「損益に与える影響」のこと

【中畑さん】
そういうことだったのですね。

【岡田さん】
はい。開発された会計基準について、特に上場会社は対応をする必要があり、そのニーズに応えるためにプルータス・コンサルティングは設立されました。

【中畑さん】
立ち上げ当初に苦労したことはありましたか?

【岡田さん】
ストック・オプションの評価は、会計処理目的ですので、監査法人への報告となり特に問題はありませんでしたが、有償ストック・オプションについてはいろいろありました。正直、上場会社での導入事例がある程度の件数になるまでは大変でしたね。
最初の頃は、それまで存在していなかったスキームということで、監査役の方に敬遠されることや、明確にこの点が悪いという指摘ではなく、よく分からないからダメということもありました。徐々に、持株会と類似する投資制度(普通株式への投資制度である持株会と新株予約権への投資制度である有償ストック・オプション)と理解されるようになり、その後、企業のニーズに合致したことからも事例が積み重なり、現在、ざっとですが、上場会社では延べで約900社の導入事例となっています。
そして、有償発行ストック・オプション(=時価発行新株予約権)の発展型である信託SOについては、株式会社ヘリオスが第一号案件で上場となった2014~16年くらいから事例が増えていきました。日本政策投資銀行が筆頭株主であるマーキュリアインベストメントや、AI開発企業のPKSHA Technologyなどの導入企業の公表事例が出て、一気に広まった感じですね。

【中畑さん】
それまではプル―タスという会社自体も、今ほど有名ではなかったのですか。

【岡田さん】
そうですね。プル―タスが評価機関として知られるようになったのは、繊細な案件、特に紛争案件でしっかりと実績を残したからだと考えています。
もともと評価の専門機関として会社が立ち上がったことから、さまざまな相談をいただき、裁判所からの鑑定の委嘱も含め、これまで多くの紛争案件に関わりました。一般的な訴訟はどちらが悪いかを白黒つけて、悪いと認定された方がお金を支払いますよね。株価の訴訟では、株を高く売りたい人と安く買いたい人がいて、裁判所に仲裁してくださいと、価格決定の申し立てを行います。そして、裁判所が株価についての専門家に株式の鑑定依頼をなげます。そのような紛争案件での実績・経験から、万が一の株主との紛争にも対応できる評価機関があるという話になり、市場でプル―タスの名が知られるようになっていきました。

100人いて100人全員が正しいと理解する算定をすることは不可能

【中畑さん】
無形資産の価値算定でいうと、特に知財は値段をつけるのが難しい気がします。

【岡田さん】
知財に限らず全ての価値評価に関して言えるのが、100人いれば100人全員が正しい数値結果だと納得できる算定は不可能、ということですね。100人いれば、100人それぞれが異なる前提の考え方を持ちます。景気の方向性、市場の状況、事業の発展性、競合他社の状況など、価値を考える際に必要な将来のキャッシュフローの前提に対し、様々な考え方が可能です。市場の株価をイメージすると分かりやすいですよね。現在の市場株価は、ある人の考えている前提からすると過小評価されているとすれば買うべき水準の株価であり、一方ある人の考えている前提からすると過大評価されているとすれば売るべき水準の株価となり、その結果売買が発生し、市場の値動きが形成されます。

【中畑さん】
そうすると、信頼性の高い評価法には、前提の置き方や算定根拠が合理的であることが求められますね。

【岡田さん】
はい。スタートアップはバランスシートがとても弱い。それでも、高いバリュエーションがついているのは、それこそ知財を含む無形資産がどのように評価されたか、ということの結果です。でもあらゆる知財を正確に評価できる人なんて、正直まだいないと言っていいでしょう。会計やファイナンスに詳しいだけでは無理です。知財に詳しい方や、その知財を用いた事業計画についての事業の専門家と意見交換するなど、知財の評価は専門家同士が連携しなければできないと、とても強く感じます。連携がない中で、算定機関だけに任せられてしまうと、評価報告書という形ではなく、シミュレーション結果報告書、あるいは場合によっては計算結果報告書などの形での報告書とせざるを得ない可能性があります。あらためてですが、多岐にわたる事業の前提の考え方について、算定機関のロジックで評価するだけではなく、ある程度合理的に説明がつく価値の幅に絞りこんで正確性を高めるには専門家の連携が必須です。

【中畑さん】
そうですね。あと、スタートアップは売り上げどころか、プロダクトも未完成であったりするわけです。でも、アイデアと、その会社がトップランナーとしてやってきたPOCという無形資産があって、あとは、ヒト・モノ・カネ・情報などがあれば大きくスケールできる準備はできている。その源泉は、象徴的なところで言うと、特許権やブランド、つまり知的財産です。
さらに言えば、『自分のキャリアパスにレバレッジが効く』と思う従業員は、そのスタートアップに居続ける。そしてあるとき、『自分のやりたいことは全部できるようになった。もう自分が100%を超えるようなことはこの会社で出来なくなったな。』と感じた瞬間に、転職しようと思い始める。
私は、IP経営の目指すところは、従業員のキャリアにレバレッジがかけ続けられるような資産がある会社なのではないかと考えています。そして、それはスタートアップなら実現できると思っています。

【岡田さん】
確かにそうですよね。あとは、無形資産の評価でいうと、譲渡が可能かという部分や、特許だけを譲渡してもそれを動かす人がいないと全然価値にならないこともあるのですごく難しいのですよね。

―#2に続く

スタートアップを支える無形資産の価値#2



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