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「強い技術を持った小さいプレイヤー」をエンカレッジしたい#2

インタビュー

この記事を読むのに必要な時間は約 8 分です。

特許庁前長官 宗像直子氏のインタビュー後編です。

前編では、「中小企業やスタートアップが特許を取って自ら権利を管理する時代」だというお話を伺いました。後編では、スタートアップ支援に関する日本の課題、スタートアップ企業への熱いメッセージを紹介します。

『スーパー早期審査で、資金調達もしやすく』

—日本の中小企業やスタートアップからの特許出願は、諸外国と比べて控えめな気がします。なぜでしょうか?

  日本では、中小企業の特許出願比率は全体の15%なのですが、米国では25%、欧州では20%を超えています。日本でも2割を超えて増えていっていただきたいなと思います。
中小企業では、法務や知財の専門人材を社内に置くことが難しいので、特に大企業と継続的な取引がある下請け企業などは、技術開発に参画してノウハウを提供しても、個別に対価を求めず、注文を貰って商売で返ってくればいいと考えることが多いのではないかと思われます。
しかし、量産が海外に移って注文が来なくなることもありますし、産業構造が変わって今まで取引のない企業から、「おたくの技術を使わせて欲しい」と言われることもあり、「自分で権利を管理していかなければ」と考える企業が出てきています。

—そうですよね。資金調達のときに「特許を取得済です」と言えれば、投資家からの反応も良好ですし。特許料等の軽減制度はもちろんですが、スーパー早期審査で権利化までのスピードが短縮できるとさらに出願ハードルが下がったのではないでしょうか。

  2018年7月から、スタートアップ向けにスーパー早期審査を開始しました。1次審査結果の通知まで僅か20日です。特別な追加料金はなしでスーパー早期審査を受けることができます。スタートアップの要件は「創業10年以内」です。ご利用いただいている実績は、2019年3月末で100件程度だったところ、公表数字は追って出ると思いますが、12月末には350件以上になったと聞いています。

—毎日1件!すごい! 出願費用は変わらないけど、その先の審査や登録料の軽減があって、審査のスピードは上がって、つまり「安い早い」を実現した、成果が出てきていますね。

 特許の審査は、特許庁に対して審査を開始する旨の申し出(審査請求)をしてから、およそ9ヶ月、審査が終了して特許がとれるまでは、およそ14ヶ月かかります。以前と比べれば随分早くなってはいます。
実は、2017年の秋頃、当時の世耕経済産業大臣とスタートアップ経営者との懇談会で、ユーグレナの出雲社長が、「特許庁の審査は遅過ぎる!」という発言をなさったので、「以前は滞貨が山積していて遅かったのですが、システム投資と人員増強で大幅に審査期間を短縮し、足下では世界最速になっています」と説明したところ、「なるほど、随分良くなったんですね、でももっと速くして欲しい!」とおっしゃいました。スタートアップからすると、最初の資金調達で特許出願費用をまかなった後、次の資金調達の際に、投資家に特許取得済みであることを説明できれば、説得力が高まります。そこで、スタートアップ向けに、スーパー早期審査を導入することにしました。これを実施する審査部は体制を整えるのが大変でしたが、半年以内に実現してくれました。これでようやくスタートアップのスピード感に合ったサービスを提供できるようになったかなと思います。スタートアップ支援に力を入れ、きっかけを作ってくださった世耕大臣、知財の重要性を強調し、特許庁に叱咤激励いただいた出雲社長に大変感謝しています。

『”侵害し得”を、なくしたい』

—権利化までの期間を短縮でき、必要であれば2、3ヶ月で権利を取得できるようになりました。令和元年の特許法の改正では、このように成立した権利の活用についても大きな改革があったかと思います。

 特許は、公開されており、誰でも見ることができます。物理的に侵入して金庫などから盗む必要がある通常の有形資産より、侵害のハードルが低いです。しかも、侵害されてもすぐには気づかない。特許法には刑事罰の規定がありますが、立件が難しく、抑止力も働きにくいです。このままでは権利を持っていても守りにくい、という問題があります。特に、戦う手段が限られている中小企業にとっては、状況はさらに厳しいです。
ドイツの裁判官が、「最大の難問は、強い技術を持った小さいプレイヤーを、どう保護するか」だと言っていたことが印象に残っています。各国とも「侵害し得」を防ぐよう、制度設計を工夫しています。

—具体的にお聞かせください。

令和元年の法改正では、裁判所が指定した専門家が権利侵害を疑われている企業の施設を訪問して侵害の立証に必要な証拠を収集する手続を新たに設けました併せて、中小企業でも十分な賠償を認められやすいよう、損害賠償額の算定方法を見直しました。
例えば、強い技術を持つスタートアップが、その技術を使って製品を100個作ったとしましょう。大企業がその権利を侵害して10,000個売って大儲けした場合、スタートアップはいくらの損害賠償を請求できるでしょうか。
これまでの特許法では、もともと100個しか生産できないのならその100個分しか損害賠償は認められませんでした。つまり、残りの9,900個分については損害として認められなかったのです。9,900個分について救済を受けるためには、1万個全体についてライセンス料相当額を請求する方法はありましたが、100個分について利益率が高くても、その分は断念するほかありませんでした。
しかし、ビジネスの実態としては、製造能力の上限を超える部分については、他社にライセンスするという選択肢があります。令和元年の法改正では、自社生産分の利益と自社の生産能力を超える部分のライセンス料相当額を組み合わせて損害賠償請求できるようにしました。
この改正は、あくまで、民法709条の不法行為による損害賠償のおける「実損填補」の原則の範囲内で、損害賠償額の算定方法を見直したものです。

特許庁WEBサイト:
特許法等の一部を改正する法律の概要(参考資料).pdfより抜粋
(引用:https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/hokaisei/tokkyo/tokkyohoutou_kaiei_r010517.html

この先に、知的財産権を侵害した企業が得た9900個分の利益、”侵害し得”が残っているではないか、という議論があります。良い技術を持っている小さい企業を狙えば、仮に訴えられて裁判で負けても、自分の儲けの全てを取り上げられるわけではなく、何割かは手元に残せるので、侵害する方が得ではないか、という問題です。

—諸外国では、何か対策が取られているのですか?

  米国では悪質なケースは3倍賠償、中国では知財に限って5倍賠償という議論になっています。ドイツでは、利益吐き出しという表現をするようですが、侵害者が得た利益について実損填補の範囲を越えて損害賠償請求できるとされています。英国では、侵害行為と損害の因果関係を広く認めることで、実損填補の原則の下で実際上、侵害し得にならないよう工夫しているようです。日本でも、この点の議論が深まることを期待しています。

『キーワードは、「ストックオプション」と「サステナビリティ」』

—最後に、スタートアップの知財戦略をもっと盛り上げていくために、お聞きします。まず、知財の専門家がもっとスタートアップを支援したくなるためには、どうすれば良いでしょうか?

  弁理士事務所としては安定した業務量が確保できる大企業の仕事を優先させることになりやすいというお話も耳にしますが、スタートアップ支援のほうが、戦略を立てる段階からトータルに関われるのでやりがいは大きい、自身のスキルアップにもつながるので魅力的だ、というお話も伺います。製品開発スピードが早く、市場からの反応もすぐに返ってくるので、手応えを感じやすい、という声もあるようです。
実際に支援を受けたいスタートアップが増えてくると、優秀な専門家をいかに確保していくかが問題になります。そこで、例えば、社外の専門家へのストックオプション付与など、知財サービスの新しい報酬体系と契約形態を、スタートアップ側が考えて提案できたら面白いと思います。企業価値を高めるために、どういう手順で特許を取れば良いかなど、トータルで一緒に考えるインセンティブが明確になると、より多くの専門家が関心を持つようになると思います。

—スタートアップ発で、知財戦略を専門とするCIPO(知的財産最高責任者)という新たなキャリアパスを創設して、優秀な人材を獲得するのも一つの方法ですよね。このほか、日本のスタートアップにメッセージやアドバイスがあればぜひお願いします。

  サステイナビリティのために短期的な利益を犠牲にしてもビジネスのかたちを変えていく、という取組は、確立した事業を持つ企業にはハードルが高いですが、スタートアップは、新しい時代の要請に応える機動性が高いのではないでしょうか。働く層もどんどんミレニアル世代が増えていきます。サステナビリティにしっかり取り組んでいる企業の方が、優秀な人材が集まりやすい時代になると思います。世界を良くしようとか、世の中を変えようとか、スタートアップならではの大胆な発信をもっとしていただきたいですね。応援しています。

最後に編集チームとYES! IPポーズ★

前編はこちら
https://yesip.jp/patent_office/munakata1

特許庁ベンチャー支援班の記事はこちら

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