スタートアップのIP経営⑨特許を取るプロセスと権利化にかかる費用
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この連載では、スタートアップに特化した知財支援サービスを提供するOneip特許業務法人の澤井周さんに『スタートアップのIP経営』について、毎週お話を伺っていきます。『知財ってよく解らないなあ』という方はもちろん、スタートアップ経営者の方で『IP経営に興味がある』という方へ、この連載が気づきやヒントになれば幸いです。
澤井さん profile
弁理士・博士(工学)。素材メーカ→博士課程→特許事務所→企業知財を経て、Oneip特許業務法人に参画。ドローンを中心にAI、IoT、IT、リアルテック関連などのクライアントの知財支援、コンサルティング、出願権利化業務を行う。
≪スタートアップのIP経営に関する連載一覧≫
・スタートアップのIP経営④スタートアップに知財は必要なのか?
・スタートアップのIP経営⑥お金がない!!シード期の知財費用はどうする?
・スタートアップのIP経営⑦ピッチで何を話すべき?事業戦略は知財戦略である
・スタートアップのIP経営⑧まずはできるところから!IP経営の始め方
・スタートアップのIP経営⑩利用したい!!特許庁等のお金に関するおトクな制度とは
・スタートアップのIP経営⑪知っておきたい!!特許庁等の審査に関する制度とは
特許を権利化するには、だいたいどのくらいの費用がかかるのでしょうか。
特許は、出願から権利化までにざっくりと1件につき60~80万くらいかかると考えたほうがよいと思います。特許の権利化にかかるお金は、一つは特許庁に支払う費用、もう一つは特許事務所に支払う手数料の二種類です。また、特許を出す技術分野によっても費用は変わってきます。バイオ系や医薬系だと、外国での確実な権利化のためのレビューが入ることも多いので、出願だけで100万円を越えるケースもあるようです。業界によっては、特許を権利化するのにそれなりの準備や予算が必要な場合もあります。
特許を取る際、まず初めにかかる費用を教えてください。
まず、出願時にお金がかかります。「出願の相談」「ヒアリング」「出願書類作成」「出願手続」という、発明のアイディアを書類に落とし込み、特許庁に提出するまでにかかるお金です。ここで、まず30~50万円ほどかかります。これは、特許の権利化までにかかる全体コストの約半分となります。特許庁に支払う出願手続きの費用は14,000円なので、この段階で支払う費用の殆どは特許事務所に支払う手数料です。出願時というのは、弁理士としても一番苦心するところであり、腕の見せどころでもあります。この時に、事前に先行技術調査をするケースもあり、そこで別途費用が発生する場合もあります。
初めの出願時に全体コストの約半分がかかるのですね。
出願の次はどのタイミングでお金が発生するのでしょうか。
出願を終えたら、次は審査になります。出願しただけでは特許にならず、権利化するには審査請求というプロセスが必要になります。ここでかかるのは、特許庁に対する手続き費用です。特許庁のスタートアップ企業の1/3減免制度を利用すれば、だいたい4~6万円くらいで収めることができます。ここに事務所手数料が乗ってきて、トータル5~13万ほどかかるイメージですね。
出願して終わりではなく、審査を請求しなければならないのですね。あとは結果を待つのみですか?
いえ、まだ終わりません。審査請求をして、次に費用がかかるのは拒絶理由に対応する時です。審査請求の結果、一発で特許になった場合は、ここでの費用は発生しません。ですが、スムーズに一発で権利になるケースはわりと珍しいです(10~15%程度)。また、一発で特許になったとしても範囲漏れや、かなり狭い範囲でしか取れていない可能性があるため、単純には喜べないことも多いです。
ほとんどの場合は、審査請求をしたら拒絶理由通知というものが届きます。いきなりこれが来たらびっくりするかもしれませんが、きちんと反論や補正ができれば問題ありません。ここでかかる費用は拒絶理由の内容にもよるのですが、例えば、がっつり特許性を否定された場合の反論+権利範囲の補正でだいたい10~15万円。軽微な修正で済む場合は3~6万円くらいです。このあたりの費用は、弁理士によって異なります。この拒絶理由通知が何回も来た場合は、その都度お金がかかります。
審査請求のみで終わるケースはほとんど無いのですね。
ちなみに、審査請求からどのくらいの期間で結果が来るのでしょうか。
通常、審査請求から最初の結果が来るまでに1年程度かかります。しかし、特許庁のスーパー早期審査の制度を利用すると、最初の結果が2~3週間で来ます。私の経験上、一番速いケースは出願から特許査定まで、起案日ベースで9日でした。このスーパー早期審査はとても素晴らしい制度なのですが、何でもかんでも早く審査をかければいいのかというと、そうではありません。特許になると出願書類の中身が全て公開されてしまい、自分たちの技術の中身を早々にバラすことになってしまいます。そうなれば、改良発明を他人に特許化されてしまう危険性もあります。また後日に早期審査制度の利用の仕方について説明しますが、スーパー早期審査は弁理士に相談しながら計画的に利用しましょう。
審査をかけると自分たちの技術を公開しなければならないので注意が必要ですね。
ここまで出願→審査請求→拒絶理由通知ときました。ここから先も費用は発生しますか?
最後にかかるのが特許査定時です。無事に特許になった際は、特許納付料を特許庁に支払う必要があります。最初の3年分を支払うことが多いのですが、減免制度を利用すれば、だいたい1万円程度に収まります。あとは事務所の手数料や成功報酬が請求される場合もあり、これが大体1~5万円くらいです。また、さらに権利化する余地が残っていたり、競合他社を牽制するために、特許査定時に特許事務所から「分割出願をするか否か」を確認される場合もあります。分割出願をする際、別途費用が発生することもあります。特許は4年目以降にも維持費用を支払う必要がありますが、10年目以降からわりと高くなります。ただその頃には十分な売上が立って予算も確保できていると思うのと、10年前の技術で陳腐化している可能性もあるので、そのときに維持し続ける必要があるかを検討すればよいと思います。
ここまで特許を権利化するプロセスに沿ってかかる費用を伺ってきました。
特許を取るには想像以上に費用がかかるのですね。何か費用を抑える裏技などはあるのでしょうか?
特に初期のスタートアップは知財に割けるお金がないと思います。特許を取りたくても費用を捻出するのが難しい、そんなスタートアップは、裏技とはいいませんが、例えば特許庁の減免制度をフル活用するのが良いでしょう。国際出願をする際も、スタートアップの場合は減免や交付金をもらえる制度があります。中小企業をメインのクライアントにしている特許事務所は助成金や減免制度に詳しいケースが多いので、相談してみるのが良いかと思います。
後は、例えば最初はコア技術など、競争力を維持するのに必要な発明を出願し、審査、権利化のフェーズは次の調達時まで後回しにするという手段もあります。出願から3年以内であればいつでも審査請求できるので、その時点では出願時にかかる費用のみで済みます。ただ、コア技術であって世の中に公になってしまう発明に関する出願については、例えば大企業との協業によるPoCの直前など、自分たちの技術だと言えるような発明については確実に済ませておくべきです。調達のタイミングにどうしても合わない場合は、エクイティなどの金銭以外の対価による支払いや、支払いを先延ばしにしてもらう(ただし弁理士としてはあまり好まれないかも)など、支払いのバリエーションを考えるのも良いと思います。
次回は、『スタートアップのIP経営⑩利用したい!!特許庁等のお金に関するおトクな制度とは』についてお送りします!
≪スタートアップのIP経営に関する連載一覧≫
・スタートアップのIP経営④スタートアップに知財は必要なのか?
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