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スタートアップの知財戦略〜実践編〜 #4

連載記事

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One ip 特許業務法人の弁理士・澤井周さんの連載第二弾!前回の連載では「スタートアップのIP経営」について、知財戦略の考え方や特許取得にかかる費用などIP経営の基礎をご紹介してきました。今回の連載は、基礎から一歩ふみこんだ実践編。スタートアップ経営者が知財を戦略的に有効活用するための思考の整理方法や出願への具体的な進め方をご紹介します。今回は最近話題の意匠権について解説していきます。

澤井さん profile

弁理士・博士(工学)。素材メーカ→博士課程→特許事務所→企業知財を経て、Oneip特許業務法人に参画。ドローンを中心にAI、IoT、IT、リアルテック関連などのクライアントの知財支援、コンサルティング、出願権利化業務を行う。

スタートアップの知財戦略〜実践編〜 #3


≪第一弾『スタートアップのIP経営』に関する連載一覧≫

スタートアップのIP経営①弁理士/澤井さんの経歴

スタートアップのIP経営②スタートアップとIP経営

スタートアップのIP経営③スタートアップの知財支援とは

スタートアップのIP経営④スタートアップに知財は必要なのか?

スタートアップのIP経営⑤最初が一番大切な理由

スタートアップのIP経営⑥お金がない!!シード期の知財費用はどうする?

スタートアップのIP経営⑦ピッチで何を話すべき?事業戦略は知財戦略である

スタートアップのIP経営⑧まずはできるところから!IP経営の始め方

スタートアップのIP経営⑨特許を取るプロセスと権利化にかかる費用

スタートアップのIP経営⑩利用したい!!特許庁等のお金に関するおトクな制度とは

スタートアップのIP経営⑪知っておきたい!!特許庁等の審査に関する制度とは

【最新の連載はこちら】

意匠権とは、見た目のデザインを保護する権利

そもそも意匠や意匠権は、特許や商標とは何が違うのでしょうか。

特許権は発明や技術を保護する権利です。商標権はブランドを保護するもので、例えば会社名や商品名、サービス名などブランドの信用や信頼を保護する権利です。それに対して意匠権は一言でいうと、見た目のデザインを保護する権利です。どちらかといえば特許に近いですね。意匠は特許や商標と比較すると、日本ではまだ出願件数が多くないです。特許が1年で30万件ほどの出願数に対して商標は19万件、意匠は3万件ほどです。ただ、2020年4月に意匠法の大きな法改正があり、意匠の保護対象や、権利としてのありかたが見直されています。

デザインを保護するものということは、意匠はプロダクトありきの権利になるのでしょうか。

原則はそうですね。自動車メーカーのマツダを例に出すと、昔に出したコンセプトカーから最新モデルまで全てのデザインに一貫性があり「マツダといえばこのデザインとフォルム」という統一性があります。マツダは独自の特徴的なデザイン一つ一つを意匠権で保護しています。マツダ特有のデザインを意匠権で守ることによって、独自のデザインを容易に他の会社に真似されないようにしているのですね。

※参考PDF: 『マツダにおけるデザインによるブランド戦略と 関連意匠制度を活用したデザインの保護およびその課題

新たなプロダクトを技術で保護することももちろん大切ですが、いわゆる「美観を起こさせるもの」と意匠法で規定するように、新しいプロダクトデザインを保護したいときに意匠を積極的に使うことは様々な会社で取り組みが行われています。

プロダクトのみならず建築物の内装や外装まで

オフィスのデザインについて権利を取ったというニュースをよく見るのですが、それも意匠権にあたるのでしょうか?

意匠権は原則プロダクトありきの権利でしたが、今回の法改正により対象が大きく拡大しました。これまでは意匠権の保護対象が物品のデザインだったのが、建築物や内装なども特徴的なデザインであれば、それも意匠での保護対象になりました。例に挙げると「UNIQLO PARK」横浜ベイサイド店は建築物の意匠登録第1号に、原宿店の「UT POP OUT」は内装で意匠登録されるなど、建築物や内装も積極的に登録されています。

(※)参考:経済産業省『建築物、内装の意匠が初めて意匠登録されました

たまに瓜二つの外観をしているお店などもありますよね。

最近の事例では、コメダ珈琲の外観とローカルな珈琲屋さんの外装がかなり類似しており、それは意匠法や商標法ではなく不正競争防止法に基づいてで争われました。今までは建築物の内装や外装は保護対象になっておらず、登録された権利で守られている訳ではなかったので、十分な保護が図られていませんでした。今年の法改正で今後は保護の対象になり、美観、いわゆるデザインの価値も守っていこうとする流れになっています。

プロダクトのデザイン、建築物の内装や外装に加えて、他に意匠の対象になるものはありますか?

画像なども意匠の対象になります。例えば、とあるメーカーのバイクは車が近づいてきたときに運転手に知らせるようマークを道路に表示します。このようにどこかに投影したときに出る画像なども新たに対象になりました。

※参考:経済産業省『 画像の意匠が初めて意匠登録されました

保護対象が広がっていることで今後は意匠の登録がどんどん増えてくると思っています。このように保護対象が拡充した意匠をどのように活用していくかについては、下記の書籍が非常に参考になります。

令和元年改正意匠法の解説および新たに保護される意匠の実践的活用テクニックの紹介 (現代産業選書―知的財産実務シリーズ)

意匠を特許や商標と織り交ぜて保護する

ウェブサービスなどのUIも意匠になるのでしょうか?

ユーザがタッチパネルを介して操作するようなアプリを作っている会社であれば、その操作画面やUIに特徴があると思います。例えば、一連の操作において技術的な特徴があれば、発明として特許を取得できますが、画面の配置や見た目のデザインそのものは、意匠登録出願を行って権利を得ることもできます。保護対象が、人が操作するときに使用する画面や表示であるなどの縛りはあるものの、UIに強みを置いている会社であれば特許だけでなく意匠で保護することも重要だと思います。

「UI特許」というキーワードは聞いたことがあるのですが、意匠でもUIを保護できるのですね。

ただUIは変わりやすいものです。UIを意匠で守れたとしても、保護できる範囲はとても狭く、例えばアプリのアップデートでUIが変わってしまったり、他人がUIの特徴を少しだけ変えて真似してしまうなど、うまく権利活用していくのが難しい場合があります。そこで特許の観点と意匠の観点を織り交ぜて守る方法もあります。これは知財ミックス戦略とも呼ばれることがあるのですが、意匠、特許、場合によっては商標も織り交ぜてポートフォリオを作ることで、より強固に守ることができます。
例えばレクサスの前面にあるグリル部分を、トヨタは意匠と商標どちらでも保護しています。意匠では前面のグリル部分をレクサスの特徴的なデザインとして保護していますし、商標では「あのグリルの形はレクサスだよね」というレクサスを特徴づけるブランドとして保護しています。UIやデザインに特徴を持たせているプロダクトやサービスであれば、強みの部分は、特許や意匠、商標を織り交ぜて、オーバーラップして権利を取っていくのも一つ戦略としていいのではないかと思います。

「意匠」の可能性は今後さらに広がる

意匠は、どのように活用していくのが良いのでしょうか?

プロダクトやサービスの強みを考えたときに、使いやすさはどこにあるのかを深く掘り下げるのが良いかと思います。例えばUIの場合だと、UIやUXの操作性なのか、ボタンの配置なのか、入力方法なのか、デザインなのか。この部分は特許でもいいし意匠でもいけるよねと織り交ぜて考えていくのが良いと思います。
もちろん意匠単体で守れるものは守ったほうが良いですが、意匠は権利範囲が特許に比べると狭く、同じデザイン、もしくはマイナーチェンジしたデザイン(類似の範囲)しか守れません。特許は権利範囲が文章で規定されていますが、意匠は見た目だけなので似ているかどうか主観的な要素も入りやすく、そこが難しい点ではあります。

シリーズ化しているデザインを一貫して守る方法もあるのでしょうか?

関連意匠という制度があります。関連意匠は、本意匠が大元のデザインで、そこから少しだけデザインを変えたものを取得していくことができる制度です。ここも法改正で変わったポイントですね。この制度が無いと「パッと見て同じだけどよく見たら違う」となり、パクりたい放題になってしまいます。
イメージとしては元々は真ん中のデザイン=本意匠しか守れなかったものが、数珠つなぎのように関連意匠として権利の幅をつないでいくことができるようになりました。この制度により統一感のあるブランドデザインを全体的に保護できるようになったのです。先程紹介したマツダのクルマの一連のデザインが、まさにこの包括的な意匠の保護の恩恵を受けるものとなります。

大幅な法改正もあり「意匠」は今後さらに可能性が広がりそうですね。

そうですね、意匠によるデザインの保護は、様々な観点からアプローチできると思います。例えば、デザインをブランドとして捉えるような商標的な保護でもいいし、使いやすいという観点からデザインを特許的に保護するのでもいいし、意匠はまだまだ使い方の幅が広がりそうですね。プロダクトの新しいデザインやサービスブランドに合わせたデザインを意匠で保護しておくと、思いもよらない方向で役にたつことがあるかもしれません。

≪記事中で紹介された参考文献≫

次回の『スタートアップの知財戦略〜実践編〜』は12月25日(金)に公開予定です。お楽しみに!

スタートアップの知財戦略〜実践編〜 #3


≪第一弾『スタートアップのIP経営』に関する連載一覧≫

スタートアップのIP経営①弁理士/澤井さんの経歴

スタートアップのIP経営②スタートアップとIP経営

スタートアップのIP経営③スタートアップの知財支援とは

スタートアップのIP経営④スタートアップに知財は必要なのか?

スタートアップのIP経営⑤最初が一番大切な理由

スタートアップのIP経営⑥お金がない!!シード期の知財費用はどうする?

スタートアップのIP経営⑦ピッチで何を話すべき?事業戦略は知財戦略である

スタートアップのIP経営⑧まずはできるところから!IP経営の始め方

スタートアップのIP経営⑨特許を取るプロセスと権利化にかかる費用

スタートアップのIP経営⑩利用したい!!特許庁等のお金に関するおトクな制度とは

スタートアップのIP経営⑪知っておきたい!!特許庁等の審査に関する制度とは

≪最新の連載はこちら≫



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